志摩の海女文化を世界遺産に
        −国際海女文化センターの設立−

はじめに

 平成23年1月24日、第77 回海洋フォーラム で海の博物館館長の石原氏は
「海女文化の無形世界遺産登録を目指して」と題して講演を行った。そのむ
すびで登録の意義を次のように語っている。「世界遺産登録前の問題点は、
決して容易なことではないが、前述したように海女文化が現代社会に示唆す
る価値は依然として高い。経済成長の影である資源枯渇と環境破壊により苦
しんでいる漁村の現実を考えてみると、自然親和的な海女文化の継続と海女
の保存は漁村共同体が抱えている問題解決への端緒になり得るだろう」海女
漁には、今日の経済社会が失った、共同体の基盤としての「ともに生きる経
済活動」と、海への祈り、神への感謝を失わないという「持続可能な経済活
動」がある。石原氏が強調する経済成長の影は、わが国だけでなく、国際社
会にとっても大きな示唆となる。冒頭の見出しに国際海女文化センターの設
置をあげた。世界遺産への登録とともに「海の博物館を世界の博物館」にと
の願いがこめられている。世界遺産への課題と海の博物館の国際化の可能性
と必要性について以下に考察する。

1.国際海女文化センターの役割

 三澤勝衛は、「三澤勝衛著作集『風土論の発見と創造』」(農文協)で、
多層的な風土と持続可能な産業について述べている。なかでも地域振興策の
第一は、担い手教育にあり「教育にあたっては、まず風土を学ばせなければ
ならない。風土に合わない産業に未来はない」と断じている。
 海女の素潜り漁は、三澤の風土論に見事に当てはまるものである。自然、
環境、歴史そして伝統、まさに風土そのものである。縄文時代にはじまり、
今日に至るまで営々と繰り返されてきた海女漁は、産業史における奇跡では
ないだろうか。
残念ながら、貴重な素潜り漁を担う海女たちの最も関心は、獲物と天候が心
配事である。したがって、海女文化を未来に継承するためには、海女漁の歴
史と伝統を守る地域社会と海女たちへの理解と支援を行う機関が求められる。
地域外の人々への啓蒙(観光も含む)とともに海女漁を維持するための資源
管理、とくに減少するアワビやサザエの学術研究は欠かせない。これらを担
うのが見出しの国際海女文化センターである。
 海女漁は、素潜り、人間による漁業である。したがって機械や道具より海
女の育成・教育が組織的に行われる必要がある。国際海女文化センター(仮
称)には、海女の養成を課題とする学校が併設されなければならないと考え
る。

2.魅力的な海女
 
 現在、志摩半島での海女たちは、もっぱら素潜り漁を行う漁師である。獲
物であるアワビやサザエを漁協に出し、対価を得て生業とする。三陸の海女
は、ウニ漁だけでなく観光客への実演、観光海女と呼ばれる出番がある。イ
ルカやクジラのデモが売りの水族館があるが、健康的で逞しい海女たちの漁
をする姿は、魚やクジラに劣るものではない。優雅さや力強さは演出によっ
て、多くの人に感動をよぶことだろう。したがって課題はどのように見せる
かである。
 素潜りの基本的な動作に加えて、水泳のシンクロのような優雅さで集団演
技ができれば、魚やイルカとは異なる魅力が創造できる。さらに磯着をモチ
ーフとした海女の健康的で力強さを強調した水着がデザインされれば、アイ
スダンスのように音楽とシンクロした芸術となのではないだろうか。
 課題は、海女の育成である。NHKの朝ドラマ「海女ちゃん」で一躍有名
になった北三陸高校では、潜水土木科が設置されており、主人公である天野
アキも入学した。三重県でいうなら県立水産高校に海女科の新設となるが、
実現性は低いだろう。むしろ国際海女文化センターに併設された、海女養成
学校の新設の方が可能性は高い。講師はもちろん現役の海女とシンクロナイ
ズトスイミングの日本代表である知事の奥方であることはいうまでもない。

3.物見遊山型から体験型への脱皮

 若者の観光の主流は、宿泊グルメ型の旅行からスポーツ体験型の旅行であ
る。代表としては、沖縄や石垣島のそれである。冬の代表は、北海道や信州
である。志摩半島にはすばらしい砂浜と美しい海がある。マリンスポーツの
代表であるサーフィンでは、志摩は、他を圧倒する地位にある。関西サーフ
ァーのメッカと言っても過言ではない。しかし有利な観光資源も活かされて
いない。受け入れる施設は、相変わらずの「海の家」である。レジャーも大
きく変わっているが、こと志摩半島について言えば十年ひと昔どころか20年
まったく変わらない。一部のホテルではエステと美容、癒しをテーマに人気
を集めているが、東京ディズニーランドの敵ではない。日本の文化と風土を
無視した遊園地が巧妙なマーケティングと投資で現在の地位を得ている。負
ける原因は、どこにあるのか。おそらく、資本力より人間の知恵の無さでは
ないだろうか。前ページの資料は、三重県農水商工部がまとめた「平成16
年観光レクリエーション入込客数推計書」(観光・交流室)である。一目瞭
然、完敗である。平成16年の観光レクリエーション入込客数は4,396万4千人
で、過去最高だった平成6年(4,919万7千人)と比較すると523万3千人減、 
平成6年の89.4%に減少している。とくに三重県の主要な観光地である伊勢志
摩国立公園は、1,953万7千人から1,017万3千人と平成6年の52.1%と減少して
いる。この落ち込みは極めて深刻である。



4.規制緩和と海女漁

 アイデアがあっても限界と壁がある。先に開催された本講座のシンポジウ
ムで現役海女の浜口さんが「漁協と漁業権のしばりが強く、新しい観光やア
イデアも話だけに終わる」と語った。TPPに賛成するものではないが、漁
協や農協が新しいビジネスモデルや六次産業化にどれだけ貢献と成果をあげ
たかを問いたい。漁民の生活を守る漁協の存在を否定するものではない。し
かし観光客の激減は志摩地域の地域経済にとっても深刻な問題である。雇用
問題であり、少子化問題さらに人口減少に拍車をかける。豊かな自然と歴史
と伝統ある海女文化を活かすことが、今、最も求められているのではないだ
ろうか。
 志摩地域において観光と漁業は対立するものではない。相互に補完しあう
ことで地域の魅力がより増すものである。アワビやサザエを食する和食料理
の魅力は、他の地域にはない。さらに海の眺め、山の眺めは、多くの観光客
を感動させている。鳥羽展望台の眺望、伊勢湾の景観は、感動ものである。
可能なら展望台に国際海女文化センター(仮称)が設置できればと思う。海
女文化の博物館であり、海女の養成学校であり、さらにダイビングショーを
観光客に披露することができれば、鳥羽水族館に並ぶ人気スポットとなる。

おわりに

 世界遺産は、発足の経緯などから不動産のみを対象としている。このため、
地域ごとに多様な形態で存在する文化を包括的に保護するためには、無形の
文化遺産を保護することも認識されなければならないとして、2003年のユネ
スコ総会で「無形文化遺産保護条約 」が採択された。世界遺産と無形文化
遺産は、別個のものであり、事務局も別である。前者はユネスコ世界遺産セ
ンター、後者はユネスコ文化局無形遺産課である。しかし、ユネスコは将来
的に統一する見通しであるという。したがって海女文化が無形文化遺産と認
定されれば、世界遺産への道も開ける。まさに三重大学の海女文化の研究が
問われる時であり、出番でもある。夢はさらに大きくふくらむ。


2013.8.11
                    三重大学大学院 教育学研究科
                    人文社会系領域 専攻 山本政己




参考文献
 @第77回 海洋フォーラム講演要旨〜海女文化の無形世界遺産登録を目指して〜
 A三澤勝衛著作集「風土論の発見と創造」(農文協)
 Bフリー百科事典『ウィキペディア』「世界遺産」
 C三重県農水商工部「平成16年観光レクリエーション入込客数推計書」
  (観光・交流室 http://www.pref.mie.jp/TOPICS/2005050279.htm)
    


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