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 戦後60年の節目に 日本を生き生きさせるためには「多様性ある人間育てよ」
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                 マサチューセッツ工科大学教授 利根川 進 
◇日本の戦後を支えてきたのは科学技術です。60年間に日本の科学は変わりました
か。◆僕が海外に出た1963年当時に比べると、研究資金は増えたし設備もよくなっ
たし、ずいぶん進展した。ただ、米国はなかなかスローダウンしない。優れた若い
科学者が次々出てきて層が非常に厚い。ノーベル賞も、10年先まで候補者がいて
困るくらいと言われるが、その半数以上が米国です。ヤンキースが強いのと同じで
、コネクションも金もある。日本もトップにはいい研究者がいてそん色ないが少な
い。◇何が原因ですか。◆科学者の育て方が違う。一番の違いは、日本の若手研究
者が独立しにくいこと。米国では大学院を出て、30歳前後でアシスタントプロフェ
ッサーになる。期限付きの職だが、独立した研究室と学生を持ち、自分で研究資金
を獲得し、講義もする。教授と一緒なんです。僕はMIT(マサチューセッツ工科
大)で学習記憶の研究所の所長をしているが、アシスタントプロフェッサーを含め
10人の「教授」がいる。僕には彼らにああしろこうしろという権利はない。研究
資金をどう使うかは彼らの自由。むしろ彼らがどれだけハッピーにやれているかが、
所長の仕事の重要な評価基準になる。◇優れた科学者の条件は?◆それは一般社会
と同じです。人を扱うのがうまいとか、物事がうまくいかなくてもめげないとか、
とっぴな考え方ができるとか、実行力があるとか。大部分の分野でトップで活躍し
ている人はこういう才能があって、しかも努力家なんだ。イチローは天才だけど、
あんなに努力している人は世の中にあまりいない。◇最近の国際調査で、日本の子
どもの理数力や読解力の低下が指摘されています。
◆読解力の試験の成績トップはフィンランドだったかな。あの国の先生はみんな修
土以上なんだね。僕も大学4年間の修業だけでは、子どもを育てるという職の能力
は備わらないと思う。日本は三位一体とか言って政府が義務教育に金を出すのを減
らそうとしているけれど、逆でしょう。もっと金をかけて先生を養成しないといけ
ない。せめて修土を出た人しか先生になれないようにすべきだ。◇子どもの勉強時
間も減っています。◆典型的なのはテレビゲーム。子どもがはまって1日2時間以上
使っている。それに漫画、子どもに考える習慣を植え付けないでしょう。さらにテ
レビ。この三つのおかげで、子どもが勉強しなくなり、読解カがどんどん落ちてい
る。由々しきことです。相手が何を考え、何を言おうとしているのか。読解力は科
学者にも重要だから。倫理の問題として、受精卵を利用するステムセル(幹細胞)
の研究をしてはいけないとか、原爆を作ってはいけないとか言うでしょ。それと同
じで、テレビゲームや漫画、テレビについても倫理的な問題として、規制を考える
べきだと思う。◇若い研究者に期待することは。◆海外に出て修業する若い日本人
がずいぶん減りました。僕は大学院の学生のときに出ましたが、今は日本にいても
一応研究できるので、しんどい思いをして海外に行きたくないという思いが若い人
にある。しかし、人間の頭が考えるこ.とは限られており、環境に影響されやすい。
環境を変えることで物事を新しい角度から見ることができるようになる。新発見は
往々にして境界のところに起きるんですね。人生の安定とは相反するが、いい科学
者になるには武者修行が必要です。例えば東京を離れたくない一心ならば、いい科
学者にはなれません。◇21世紀の日本を生き生きさせるには、どうしたらいいで
しよう。◆米英の教育は、多様化した人間を育てる仕組みになっていて、限られた
タイプの能力でなく、いろんな能力をみる。例えば、MITに入学試験はない。全
米共通のSATという試験があり、それをある程度評価するが、さらにエッセーを
書か、面接をする。リーダーシップもみる。何を重視するかの基準は大学によって
異なり、MITとハーバードでも随分違う。誠験点数だけでなく、ある意味で主観
的なところが入る。主観が入ってもいいから、多様な能力をみようという考えで、
日本も参考にしたらいい。
 もう一つ指摘しておきたいのは、日本は文科系と理科系が、米国以上に乖離して
いる点です。日本の国は官僚が運営しているが、その多くは、科学を埋解しない文
科系人間だ。科学技術なしに語れない21世紀に、文系出身者による変な行政がはび
こっている。MITの経済学部や社会科学の学生が生物学を必須科目として習って
いるように、日本も科学のことがわかる文科系人間を育ててほしいですね。
 
                               05.1.4 毎日

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