世界最小歯車を作る中小企業社長 ――――――――――――――――――――――――――――― 若者に希望はあるか? 心配無用、高い潜在力 ――――――――――――――――――――――――――――― 樹研工業社長 松浦元男 ◇定職に就かないフリータ、働かない二ートと呼ばれる若者が 増えています。彼らに未来はあると思いますか。◆「何の心配も ない。僕自身が昔はフリーターだった。昼は左官や菓子職人見習、 夜はダンスホールのバンドマンと、いろんな仕事をした。働かず に盛り場にたむろしている若者たちだって2、3年もすれば、自 分の思う仕事に就いている」◇今どき珍しい楽観論ですね。◆「 今の若者は能力が高い。僕らが5年かけで覚えたことを1年で覚 えてしまう。ただ彼らの身の回りには惰報があふれ、どうしたら いいか決められないだけだ。僕ら年寄りの役割は、彼らが潜在能 力を発揮するためのチャンスと動機を与えること。仕事用に欲し がっている100万円の高性能パソコンを必要に応じて買ってや ったり、海外への出張や駐在の希望をかなえたりすることだ」◇ 潜在能力は引き出せましたか。◆「世界最小の100万分の1c の歯車を開発した社員は、工業高校時代は相当なツッパリだった ようだ。ある女子社員は高校時代に数学が大嫌いで成績も最低レ ベルだった。ところが入社後数年間、座標を計算したりプログラ ムを打ち込んだりしているうちに、本人も気づかぬまま徴積分を 理解していた」◇「無試験・先着順」で社員を採用しているそう ですね。◆「10〜20分の面接では何も分からないからだ。髪の毛 を茶色や金色に染めたり、ロベただつたりする若者が、頭の中の コンビユーター言語はペラペらということがある。60歳代の人間 が従来の基準で面接や試験をしたらそういう人を落としてしまう。 人の真価を理解するには1〜2年かかる」「高校時代にこの土地 (愛知県豊橋市)に来ていろんな人に世話になった。恩返しに地 元の若者を大事に育てたいという気持ちも根底にある」◇社員の 業績をどう評価していますか。「以前は社員を査定していたが、 僕以上の能力を身につける社員が現れ始め7〜8年前にやめた。 そういう社員を評価しても間違ってしまうからだ。その後は賃金 は完全な年功序列制に、昇給その他を平等にした。ただ、飛ぴ抜 けて業績を上げた社員を僕が選び、ホームラン賞を出している。 賞金は30万円だ」◇タイムカードも出勤簿もなく、残業は自己 申告制だそうですね。◆「牛や羊ではなく、知性ある人間なのだ から、管理する必要はない。人の仕事をチェックしようとすれば、 チェックする人をチェックする人が必要になる。自己責任でやる ほうが効率的だ。たとえは、出張の多い社員には会社のクレジッ トカードを渡しており、申請や仮払いは不要だ。浪費する社員は いない」◇企業の役割とは?◆「社員や取引先にとって安心のよ りどころであるべきだ。いつクビを切られるか、いつ取引を止め られるかとビクビクしているのは、まともな関係ではない。そう いう状態では会社の業績も上がらない」◇日本を代表する大企業 で数年前、リストラが流行しました。◆「会社を辞めさせられた 社員、取引を打ち切られた企業の社員はそんな仕打ちをした会社 の製品を二度と買わなくなる。下請けをいじめれば材料を納入し てもらえなくなる。リストラのつけは必ずその会社に回ってくる」 ◇樹研工業には定年もないそうですね。◆「定年をつくる理由が ない。毎日顔を突き合わせて働いてきた仲間は兄弟のようなもの だ。還暦の日に失業なんてむごい。年を取ってもできる仕事はあ る。うちに勤めていて60歳を超えた社員が3人いるが、全員その まま同じ仕事を続けている」◇中小企業は次世代にどんな貢献が できますか。◆「新しい技術の開発が未来に貢献すると確信して いる。当社はナノ(10億分の1)メートル単位の精密加工技術で 世界一精度をめざしている。精度の高い部品は無駄なく運動を伝 え、完成品の寿命を長くする。それが省エネや省資源につなるは ずだ。」 朝日 1/8