このとき この子に こんな本を

 子ども、青年の活字離れが言われて久しくなります。テレビや
マンガの普及率と反比例して、活字離れが加速度的にすすんでき
たともいえるかもしれませんが、私はそのことのマイナス面だけ
を見るつもりはありません。むしろ、こうした子ども・青年の現
象は、彼らが、活字一辺倒の文化から解き放たれ、新たな世界や
人間を発見する手段として、映像など多様な文化を獲得しつつあ
ることのあらわれではないかと考えているのです。
 そして一方では、どんな子ども・青年も、自分の関心や喜び悩
みにフィットする内容であれぱ、必ず本を読んでくれるという実
感をもっています。機械的に強制して読ませても、そこからなに
かを発見したり、自らの問いにひぎつけて考えるきっかけをつか
むという効果はあまり期待できません。むしろ、本を読まない自
由を保障しつつ、彼らの感情を大事にし、できる限り彼らの世界
をともに生きるということを考えてきました。
 私は、大学を卒業してから20年間、商業科の教師として、都
立の商業高校の生徒たちとさまざまな出会いを重わてさました。
そのなかで、思春期・青年期という時代を生きることがいかに大
変なことか、彼らがなにに喜びなにに悩み苦しむのか、私自身の
思春期・青年期に見えなかったこと、考えることができなかった
ことを、あらためて問い返すことができました。そうした意味で
は、生徒たちとの出会いをとおして、私自身、高校生活をやりな
おすような貴重な経験を経ることができたように思います。私を
自己発見、人間発見へと促しきたえてくれた高校生たちには、ど
んなに感謝しても足りません。
 『大人になることのむずかしさ』(河合隼雄、岩波書店)とい
う本が話題になりましたが、現代社会は、私たち大人が想像する
以上に、子どもや青年が大人になりゆくことの困難さを生み出し
てきたといえます。
 世の中の手垢がついていないぶんだけ、子どもや青年は、自分
とはなにか、人間とはなにか、生きるということはどいうことな
のか、親とはなにかを行動のなかで無自覚のうちにも問いつつ生
きています。けれども、残念なことに、この子どもや青年たちの
真撃な問いに、大人たちが十分にこたえきれているとはいえない
状況があります。もちろん、私自身も答えきれずに悩みもがいて
いる大人の一人です。
 この本にしるした私の生徒たちのかかわりは、思春期・青年期
にいる生徒たちのそうしたもがきや悩みの一端をできる限り見き
わめたいという願いから出発しました。そして、彼らの問いに十
分にこたえされる言葉やちからを自分自身が持ち合わせないこと
を悔しく思いながら、私にかわって彼らの感性に訴えかけてくれ
そうな本や映像を、私の狭い読書経験から捨い出し、それを媒介
に私の思いを伝え、対話をこころみようと努力を重ねてきました。
私の願いは、子どもたちに本を読ませることよりも、むしろ、そ
れを通じて彼らと共通の世界を生き、そのなかで対話していくこ
とにあったといってもいいかもしれません。
 子どもたちにこんな本を読ませたいという「読書指導のすすめ」
の観点からだけではなく、思春期・青年期にある子どもたちの「
自分さがしの旅」にどのようにして大人が寄り添い、彼らと対話
していくことができるのか、考える素材としてこの本をお読みい
ただければ幸いです。
 ここに掲載した文章は、「月刊ホームルーム』(学事出版)に
連載したものをもとにしました。節によっては大幅に稿を改めた
ものもありますが、そのときどきに、個々の生徒や、彼らがかか
えている問題にそったかかわりを書き綴ってきたものですので、
関心のあるところからお読みいただくことができるのではないか
と思っております。
 拙い実践まとめるにあたってさまざまな方に教えを受けました
が、とくに竹内常一先生には、教師になって四年目に、先生の生
活指導理論に出会って以来、主権者として生きる生きる子どもの
自治能力をどう育てることができるのか、先生の理論に導かれて
試行錯誤を重ねてました。このたぴ、ご多忙中ご無埋をおして解
説をお書きいただけましたことは、私にとってかえがたい喜びで
す。
 また、日々の仕事に追われながらも、こうして一冊の本にまと
めることができましたのは、学事出版の佐藤敏さんと兼弘陽子さ
んの熱心な勧めや励ましのたまものです。そして、連載中からす
てきなイラストを描いてくださり、単行本をまとめるにあたって
装丁も手掛けてくださった両本愛子さん、連載中にお手紙をくだ
さったり、ご自分の実践を聞かせてくださった方々のおかげです。
こうした多くの方々にささえられて私の「生」が生かされている
ことを深く実感しております。ありがとうございました。
 本になることで、新たな人々との出会いをもつことができれば、
望外の幸せです。

 1989年初夏 天安門事件に憂いを深くしつつ  吉田和子


   「 このとき この子に こんな本 」より 吉田 和子著 学事出版







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